好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション) epubダウンロード無料
好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション)
によって 蔓沢 つた子
好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション) epubダウンロード無料 - 好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション)は必要な元帳です。 この美しい本は蔓沢 つた子によって作成されました。 実際、この本には335ページあります。 好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション)は、竹書房 (2017/11/17)の作成によりリリースされました。 好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション)の簡単なステップでオンラインで表示できます。 ただし、ラップトップ用に保管したい場合は、ここで保存できます。
内容紹介オスもメスも区別なく子供を産むことができる、 猫を先祖に進化を遂げたと言われているこの世界――。 小さい頃から自分に懐いてくれている、かわいいかわいいノリス。 彼が喜んでくれるから、一生美味いものを食べさせてやろうとコックの仕事を選んだ。 長年餌付けし続け、子供の頃に結婚の約束までした最愛の男。 ある日、そのノリスが知らない男に優しく微笑みかけているのを見てしまう。 その笑顔は自分に向けられるはずのものなのに…! ! ! と、 ストレスを溜め込み、嫉妬する度にフェロモンが駄々漏れになってしまい…?
以下は、好物はこっそりかくして腹のなか (バンブーコミックス Qpaコレクション)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
「好物はいちばんさいごに腹のなか」の続編です。前作の「好物は~」を読んでいないと人物関係などわかりにくいかもしれませんが、カップルごとの読みきりか前後編なので大きな支障はありません。カバーを外すと人物相関図が載っています。前作の「好物は~」は東京都青少年健全育成条例に違反した不健全(有害)図書とされ、Amazon、一部の店舗や電子書籍などで取り扱いがありません。前作のKindle化を求めるレビューもありますが、影響の大きい東京都で有害指定された以上は難しいでしょう。これがゾーニングです。知られる機会や入手方法が規制された実例と言えます。1951年にわいせつ罪で有罪となり伏せ字出版された「チャタレイ夫人の恋人(リンク)」の無修正版が出たのは、判決から22年後の1973年でした。犯罪と不健全指定は別物なのでamazon以外で前作は入手できますが、amazonが自主規制を解除する日は来るのでしょうか。「性交シーンの擬音の表現が卑わいで、絵も汚く、グロテスクである」「BLで、擬人化されたキャラクターであることが、ある意味ファンタジーであり、一部のマニアが楽しむものと思われる」出典:東京都青少年健全育成審議会「自主規制団体からの聴き取り結果」より過去の議事録一覧h ttp://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/singi/kenzensin/682-menu/index.html#no_688など、散々な言われようですが、私はとても好きでした。猫しっぽの感情を伝えるしぐさ、相手が大好きでたまらないと伝わる表情。凄くかわいいです。エロだけではなく感情の流れにも共感でき、どんな外見・性質・生い立ちのキャラでも、かわいいところや魅力を見つけて表現できる蔦沢先生の感性が素敵です。蔦沢先生はハッピーエンドが主流で、続編を読みたい、彼らのその後を見守りたいと思うものが多く、個人的に好きなところでもあります。最近、東京都の有害指定はBLが中心(2017年は全体の6割)で、座屋町蘭丸先生、鹿野しうこ先生、池玲文先生、おわる先生、高崎ぼすこ先生など芸術性やストーリー性の高い作家さんも有害指定されています。「BLは本当に許せない、店頭に置くのもやめてほしい」「BLは同性愛者の方々を見世物にしてバカにしてけしからん。こんなものは人権侵害だ」「BLが「男が男を攻めまくる社会になっている」という誤解を生んでいる」「彼ら(オタク)は認知障害を起こしているという見方を主流化する必要があるのではないか」など、偏った主観をもとにした議論に不安が募ります。宮崎県の議事録では「こういうもの(BL)を読んでいると男が弱くなって、同性愛に走るんですな」「女性リードの描写が進むとホモ的傾向が出て、正常な性交渉が難しくなる。(そうした漫画が)青少年の目につく形で普通の本と混在するのはとても危険だ」など、いつの時代の話だ? と思わざるを得ない議論が真剣になされています。長崎県では花沢健吾先生の「アイアムアヒーロー(リンク)」が有害指定されたように、青少年に有害かどうかの基準は各県で異なります。審議委員会全員がこのようなスタンスとはいいませんが、確実に存在するのは明らかです。twitterでも一部の社会学者やインフルエンサーを中心に、議事録と似たような意見がよく炎上しています。「偏見・犯罪を魅力的に描けば、それらがいいものだ、当然だと刷り込んでしまう。真似するようになり、子供を歪める。有害だ」と。デスノートの夜神月が好きな読者は犯罪者予備軍ですか?ワンピースを読んだ人の何割が大人になっても海賊王を目指すのでしょう。スラムダンクを読んだ人は全員、バスケを始めますか?いじめやラッキースケベが描かれれば、いじめに加担し、レイプ犯やセクハラ社会人になりますか?同性愛が描かれれば、読者は全員ゲイになるのでしょうか。可能性や影響が0とはいいません。では、交通事故の可能性がわずかでもあれば、車は有害でしょうか?けがの危険がわずかでもあれば、包丁を子供が見てはいけない?「全ての人間に100%害がない表現」しか認められないのでしょうか?万人に必要なくとも、誰かにはかけがえなく必要なのが娯楽です。100万部のベストセラーも、日本の人口からすれば1%にすぎません。娯楽の多様性は豊かさの指針でもあるでしょう。日本で手塚治虫や水木しげるの漫画が焼かれたように。アメリカのコミックスコードで、漫画文化がアングラに押しやられたように。東日本大震災で自粛が呼びかけられ、ぽぽぽぽーんのCMしか流れなくなり、繁華街から人が消えたように。選択肢という豊かさを奪い制限を生むのは、「この考えや感想が正しい。わきまえろ」という押し付けから生じるモラルハザードです。1999年には有害コミック騒動により、「バカボンド(リンク)」「あずみ(リンク)」「ベルセルク(リンク)」などの名作が、紀伊国屋書店から一斉撤去されたこともあります。悪書追放運動もコミックスコードも、作家やファンの50年以上に及ぶ戦いで復活しましたが、道のりは険しく、バッシングは今も続いています。どの騒動も「こんなものは【健全な社会】に必要ない。社会悪の原因であり有害だ」と決めつける、善良で熱意ある正義の市民が推進しました。「【健全な社会】のため、【健全でまともな】私たちの要求通りに制限されるべきだ」という正義の声や意思は、わかりやすく、共感されやすく、とても強いものでしょう。描かれること全てを間に受け、影響されるほど、人は単純でしょうか。あらゆる作品や表現に「社会を揺るがすほどの万人」を洗脳する力はあるのでしょうか。桜木花道に憧れてバスケを始める可能性と、夜神月のような殺人犯に憧れて犯罪を犯す可能性が同じだと言うのなら、子供や教育を見くびっていると思います。たとえば「NANA(リンク)」は性表現やマリファナを吸うシーンがあるため、アメリカでは16歳以上向けで、一部の巻は18禁です。「NARUTO (リンク)」も流血やバトルシーンが多いため、アメリカでは夜10時半以降でしかアニメは放送できません。アニメ「ONE PIECE(リンク)」をゴールデンタイムに放送するため、アメリカで拳銃をおもちゃのハンマーに、たばこをキャンディーに編集したことも記憶に新しい。でも、アメリカ以上にこれらの作品に親しんでいる日本人の未成年は、マリファナ使用、殺人、喫煙率がアメリカより圧倒的に低く、年々低下しています。報道では少年犯罪の激化のように言われますが、データを見れば治安も改善し続けているとわかります。(法務省の犯罪白書など参照)殴ったり刺したりするより簡単に人を殺せる銃が、(2017年時点で)18歳から普通に買えるアメリカの制度や、カナダのように娯楽用大麻(マリファナ)を容認している制度に問題があるのではないでしょうか。「デスゲームを楽しむ感性=殺人犯」ではありません。誰かを殺したいと思っても、行動に起こさない限り内心の自由です。表現が実害行動のヒントになることはあるでしょう。ミステリー作品で殺人の手口を知る人もいるでしょう。しかし実行するか否かは個人が決めているのです。失敗しない子供は存在しません。クレヨンしんちゃんや全裸おぼん芸人を真似てお尻を出したら、然り諭すのが教育です。善悪と欲望のコントロールを身につけさせるのはフィクションの役目ではありません。娯楽は道徳や性教育の教科書ではないのです。創作物が人格に与える影響はごくわずかで問題にならないと、数々の科学的研究が明らかにしています。古くは「カチンスキーレポート」や「ゲームと犯罪と子どもたち(リンク)」。2016年ならイギリスの「Avon Longitudinal Study of Parents and Children」(親と子どもに関するエイヴォン長期研究)。むしろマスコミ(報道)や身近な人(親や友人)の影響が問題だとわかっているのです。問題行動の責任逃れを創作物に押しつけるのは、感情論や思い込みに根ざした、時代遅れで卑怯な考えではないでしょうか。「ここは擬音が多いからエロくて有害、いやエロくない」などの議論に月40万もかけるのは有効でしょうか。限られた人、時間、費用をあてがうべきなのは、表現狩りではなく、生活環境、教育、取締制度・技術の改善ではないでしょうか。男性向けエロと違い、今のところBLにはレーディング(推奨年齢制限)がありません。エロ押しで性器の修正が甘い作品のゾーニング不足など、現状の制度を鑑みると、突っ込まれても仕方ないと思う部分もあります。ですがそれ以上に、読者数が少なく市場の狭いBLが、「良識ある一般人」の自覚なき偏見にじわじわ潰されるのではと不安を感じます。彼らは「子供にはまだ早い」ではなく「表現も愛好者も存在自体に害があり、【健全な人間の】人目に触れてはいけない異常なものだ」と言うのですから。BLに限らず、創作作品の評価は個人が決めるべきだと思います。★1も★5も、批判も賞賛も、自由であってほしい。妄想する自由、創造する自由、発表する自由。買う買わないを選べる自由。読む自由。好きになる自由、嫌いになる自由。感動する自由、傷つく自由、心を揺らす自由。これらは当たり前であってほしい。嘘であり、夢の世界なのだから。ときにそれらは現実の休憩所になったり、励ましになったり。自分の考えの狭さや新しい世界を知るきっかけになったり。キラキラした家族愛と友情と希望に溢れた「健全で正しい」世界に馴染めなかったり、偏見の目でみられがちな人の居場所になったりするのです。誰かの萎えは誰かの萌えなのです。個人の不快感や趣味を正義や道徳に置き換えるべきではありません。一部の人が主張する★0評価に従わされ、タブーが増え、挑戦的な作品やマイナー表現が出しにくくなる・知られなくなる世界にならないことを、心から願ってやみません。
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